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江戸時代後期の浮世草子・読本作者、歌人、茶人、国学者、俳人。怪異小説『雨月物語』の作者として名高い。幼名は仙次郎、通称は東作、別号に鶉居、漁焉(ぎょえん)、無腸など。大坂曽根崎にて私生児として生まれ(父は不明)、4歳の時、紙油商人の上田茂助の養子となった。青年時代、放蕩のかたわら俳諧をたしなむようになる。その後、俳諧、和歌、国学を学び、1766年(明和3)に浮世草子『諸道聴耳世間猿』を、翌年には浮世草子『世間妾形気』を、さらにその翌年には「怪談」スタイルで異界を描きつつ人間の本性を鋭く描写した読本『雨月物語』を刊行した。この時期、国学者・加藤宇万伎に師事し国学を学んだ。また、同じ頃、養父から引き継いだ店が火災で破産、医学の道を志すようになり、その後、大坂尼崎で開業医となった。また、思想や仮名遣いを巡って国学者・本居宣長と論争を繰り広げたのは有名。57歳の時に左目を失明するも精力的に文筆活動を続け、さらに65歳で右目も失明するが名医・谷川良順の治療により両目失明はまぬがれた。晩年も、歌文集『藤簍冊子(つづらぶみ)』、短編小説集『春雨物語』、随筆『胆大小心録』など幅広いジャンルの作品を多数残した。煎茶を好み、『清風瑣言(せいふうさげん)』という茶書も書いている。最晩年は知人の間を転々としたという。墓所は京都にある南禅寺山内西福寺の内庭にある。

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