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江戸時代後期の南画家。名は就(じゅ)、字は仲孚(ちゅうふ)、通称は文平、号はほかに魯堂、六石(りくせき)、磊落居士など。一般に知られる号の「雲泉」は雲仙岳にちなんだもの。肥前国島原野田名(現・長崎県島原市千々石町)にて島原藩士の子として生まれる。幼い頃から絵を好み、いつも絵を描いていたという。その後、父に同行し長崎に遊学し、清国人から中国語と南画を学んだ。父の死後は諸国を遍歴する生活をはじめ、その後、江戸で居を構えた。やがて再び旅に出て、備中や備前、京坂、信越を遊歴、晩年は越後国に転居し同国出雲崎で急死した。旅に生きた雲泉は、頼山陽、浦上玉堂、谷文晁、木村蒹葭堂といった当時の文人や画家と各地で交流を結んだ。几帳面で気難しい性格だったといわれ、酒と孤独を愛した孤高の画家として知られる。山水画を得意とし、代表作に「風竹図」「秋深江閣図屏風」などがある。

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