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樊稠といい、涼州の人である。董卓の配下となり、董卓が中央政権を握ると、軍事において徐栄、胡軫、牛輔らと同じ待遇を受けた。192年、董卓が呂布と王允らに殺害されると、李傕につき従って長安を攻撃し、王允らを処刑した。李傕と共謀して献帝を迎え入れて擁立した。その後、右将軍に任じられた。194年、馬騰と韓遂らが李傕と対立すると、樊稠は郭汜・李利と共にこれを討伐した。これに乗じて反乱を起こした中郎将の杜稟、侍中の馬宇、諫議大夫の种邵、左中郎の劉範らを槐里において攻撃し滅ぼした。その後、馬騰・韓遂の連合軍も長平観において撃破した。この時に樊稠は、韓遂を陳倉に追い詰めながらも、同郷の友であることから見逃し、さらに談笑して別れた。この場面を李利が目撃して李傕に密告したため、李傕は樊稠に猜疑心を抱き始めた。8月、馮翊の羌族が反乱したため、樊稠は郭汜と協力して、これを撃ち破った。李傕は郭汜に対して猜疑心を抱いて争うようになると、やがて主導権争いを始め、李傕は樊稠が韓遂と通謀しているのではないかと疑って彼を殺した。樊稠の最期については2説ある。『三国志』董卓伝注に引く『九州春秋』によれば、李利の密告が原因で、内通を疑った李傕に会議の席上で殺されたとある。『後漢書』董卓伝注に引く『献帝紀』によると、李傕は、樊稠が勇猛果敢で部下からの人望が厚いことを恐れ、樊稠が酒に酔ったところを、配下の騎都尉であった胡封に暗殺させたという。

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