岩政大樹(イワマサ ダイキ)

プロフィール 元スポーツ選手 1982/1/30生まれ みずがめ座 山口 187cm 83kg 趣味 読書 主な出演作品 【テレビ】スカサカ!ライブ 【著書】ウイニングストーリー PITCH LEVEL

後陽成天皇

第107代天皇で、在位期間は1586年12月17日から1611年5月9日。 誠仁親王の嫡子で誠仁親王が薨去したため、祖父である正親町天皇から譲位され即位した。こうした天皇嫡孫による即位は後陽成天皇と文武天皇のみ。後陽成天…

島津義久

薩摩の戦国大名・島津氏16代当主で、有能な3人の弟(義弘、歳久、家久)とともに九州平定を目指し島津氏最大版図を築いた。 幼名は虎寿丸。忠良、義辰、義久と改名し、法号は龍伯。通称は三郎左衛門尉。別名は又三郎。おもな官位は、…

大友義統

豊後大友氏22代当主。父は大友宗麟。幼名は長寿丸。別名は五郎。黒田孝高(如水)の強い勧めで一時キリスト教の洗礼を受け、コンスタンチノという洗礼名を授かった(のち棄教)。おもな官位は従五位下左兵衛督。 大友義統は、1576…

長宗我部信親

四国の覇者・長宗我部元親の息子(嫡男)。幼名は千雄丸。仮名は弥三郎。 幼少の頃から聡明で武勇にも優れていたため父・元親から寵愛されその将来を嘱望された。さらに長身の美形だったともいう。 烏帽子親は織田信長で、信親の「信」…

鬼庭良直

伊達氏の家臣で、伊達郡赤館城主・鬼庭元実の息子。別名は周防守。号は左月斎。 1539年に父・元実が隠居すると家督を相続、伊達氏十六代当主・伊達輝宗の側近となり重用され、天正年間には鬼庭氏は一族の家格が与えられるまでになっ…

誠仁親王

第106代天皇・正親町天皇の第五皇子。院号は陽光院。追尊は陽光太上天皇。1568年に親王宣下を受けた。 織田信長とは親密な関係を築いており、信長から二条新御所を献上されそこを屋敷とした。1582年の本能寺の変の際、誠仁親…

正親町天皇

第106代天皇。諱は方仁。 後奈良天皇の第2皇子として誕生し、1557年、父・後奈良天皇の崩御を受けて践祚した。当時、朝廷の財政は非常に逼迫しており、後奈良天皇の葬儀費にも困るほどで資金調達に時間がかかり、後奈良天皇の遺…

仙石秀久

豊臣秀吉の最古参の家臣のひとりで、信濃国小諸藩の初代藩主。 通称は権兵衛。別名は秀康、盛長。おもな官位は越前守。 少年期から羽柴秀吉に仕え、各地を転戦し武功を挙げた。1583年には淡路国洲本城の城主となり5万石を与えられ…

松井友閑

出身国については諸説ある。 官位は宮内卿法印。織田信長の側近で茶道に造詣が深く目利きとして知られていたことから、信長上洛後、京や堺で豪商らに名物の茶器を供出させたいわゆる「名物狩り」の奉行を務めたという。また、1574年…

蜂須賀小六

豊臣秀吉の最古参の家臣のひとり。 本名は正勝。一般的に知られる「小六」は幼名。通称は彦右衛門。官位は従四位下修理大夫。講談や『太閤記』などにより野盗の親玉というイメージが強い人物。 蜂須賀家は尾張国蜂須賀郷を拠点とする土…

長束正家

豊臣政権のいわゆる「五奉行」のひとり(ほかは、浅野長政、石田三成、増田長盛、前田玄以)。 通称は新三(新三郎とも)。官位は従四位下侍従。 初め丹羽長秀に仕えていたが、その後、豊臣秀吉に召抱えられ持ち前の行政・財務の才を買…

宇喜多秀家

豊臣政権五大老のひとり(ほかは、徳川家康、前田利家、毛利輝元、上杉景勝)。妻は前田利家の娘で豊臣秀吉の養女となった豪姫。 幼名は八郎。通称は備前宰相。別名を羽柴秀家、豊臣秀家という。号は久福。おもな官位は権中納言、左近衛…

上杉景勝

豊臣五大老のひとり(ほかは、徳川家康、前田利家、宇喜田秀家、毛利輝元)で、米沢藩初代藩主。“軍神”といわれた上杉謙信の甥で、のちに養子となった。 幼名は卯松。初名は長尾顕景。通称は喜平次。尊称は御中城様。法名は宗心。別名…

織田信雄

織田信長の息子(次男)。 幼名は茶筅丸。通称は三介。尊称は御本所。号は常真。北畠家の養子時代は、北畠具豊、信意と名乗り、その後、織田信勝とも名乗った。叔父の織田有楽斎から茶を学び茶人としても知られるだけでなく、能の名手で…

羽柴秀勝

織田信長の息子(4男)で、のちに羽柴秀吉の養子となった。幼名は於次(於次丸)。別名は丹波少将、丹波中納言とも。おもな官位は権中納言、左近衛権少将、従三位。詳細は不明だが、1586年頃の誕生と思われる。秀勝は最初、秀吉領の…