ベラ・ズボナレワ
ベラ・ズボナレワ (Vera Zvonareva, ロシア語: Вера Игоревна Звонарёва, 1984年9月7日 – )は、ロシア・モスクワ出身の女子プロテニス選手。4大大会で女子ダブルス2勝、混合ダブルス2勝を挙げた選手で、シングルスでも2010年のウィンブルドンと全米オープンで準優勝している。自己最高ランキングはシングルス2位、ダブルス9位。これまでにWTAツアーでシングルス12勝、ダブルス8勝を挙げている。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。身長172cm、体重59kg。ベースライン・プレーヤー。
1980年モスクワオリンピックホッケー銅メダリストの母ナタリアの手ほどきで6歳からテニスを始め、2000年にプロ入り。2002年の全仏オープンで4大大会に初出場した時、予選3試合を勝ち上がって本戦出場権を獲得し、いきなりセリーナ・ウィリアムズとの4回戦まで進出した。この試合でズボナレワはセリーナから第1セットを 6-4 で奪ったが、続く2セットを 0-6, 1-6 で落としている。翌2003年の全仏オープンで、ズボナレワは4回戦でセリーナの姉ビーナス・ウィリアムズに 2-6, 6-2, 6-4 の逆転勝利を収めた。2002年全仏オープンから2003年全豪オープンまで、4大大会の4大会連続でビーナスとセリーナによる「ウィリアムズ姉妹対決の決勝」が続いていたため、ビーナスを4回戦で止めたズボナレワの活躍は大きな話題を呼んだ。ズボナレワは次の準々決勝で同じロシアのナディア・ペトロワに 1-6, 6-4, 3-6 で敗れる。
2004年8月、ズボナレワはシングルスの世界ランキングを9位に上げた。この後全米オープンの混合ダブルス部門で、ボブ・ブライアンとペアを組んで優勝する。ズボナレワとB・ブライアンは、決勝でオーストラリアペアのトッド・ウッドブリッジ&アリシア・モリク組を 6-3, 6-4 で破った。しかし、2005年度のズボナレワは不振に悩み、年間最終ランキングを42位に落としてしまう。
2006年の全豪オープン1回戦で、現役復帰を発表したマルチナ・ヒンギスと対戦し、ズボナレワは25歳になったヒンギスに 1-6, 2-6 で完敗した。2006年ウィンブルドンの混合ダブルスで、ズボナレワはイスラエルのアンディ・ラムとペアを組み、ボブ・ブライアン&ビーナス・ウィリアムズ組を 6-3, 6-2 で破って優勝した。これは彼女にとって2つ目の4大大会混合ダブルス優勝である。シングルスでは2006年の後半に入った頃から復調を見せ、6月第2週のイギリス・バーミンガム大会と7月第3週のアメリカ・シンシナティ大会で優勝した。全米オープンはシングルス3回戦でエレーナ・デメンチェワに敗れたが、女子ダブルス部門でフランスのナタリー・ドシーとペアを組み、決勝でディナラ・サフィナ&カタリナ・スレボトニク組を 7-6, 7-5 で破って初優勝を飾った。
ベラ・ズボナレワ
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基本情報 | ||||||||||
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フルネーム | Vera Igorevna Zvonareva | |||||||||
国籍 | ロシア | |||||||||
出身地 | 同・モスクワ | |||||||||
生年月日 | 1984年9月7日(35歳) | |||||||||
身長 | 172cm | |||||||||
体重 | 59kg | |||||||||
利き手 | 右 | |||||||||
バックハンド | 両手打ち | |||||||||
ツアー経歴 | ||||||||||
デビュー年 | 2000年 | |||||||||
ツアー通算 | 20勝 | |||||||||
シングルス | 12勝 | |||||||||
ダブルス | 8勝 | |||||||||
生涯獲得賞金 | 14,173,600 アメリカ合衆国ドル | |||||||||
4大大会最高成績・シングルス | ||||||||||
全豪 | ベスト4(2009・11) | |||||||||
全仏 | ベスト8(2003) | |||||||||
全英 | 準優勝(2010) | |||||||||
全米 | 準優勝(2010) | |||||||||
4大大会最高成績・ダブルス | ||||||||||
全豪 | 優勝(2012) | |||||||||
全仏 | ベスト8(2006) | |||||||||
全英 | 準優勝(2010) | |||||||||
全米 | 優勝(2006) | |||||||||
優勝回数 | 2(豪1・米1) | |||||||||
4大大会最高成績・混合ダブルス | ||||||||||
全豪 | ベスト8(2005・06) | |||||||||
全仏 | ベスト4(2006) | |||||||||
全英 | 優勝(2006) | |||||||||
全米 | 優勝(2004) | |||||||||
優勝回数 | 2(英1・米1) | |||||||||
国別対抗戦最高成績 | ||||||||||
フェド杯 | 優勝(2004・08) | |||||||||
キャリア自己最高ランキング | ||||||||||
シングルス | 2位(2010年10月25日) | |||||||||
ダブルス | 9位(2005年8月8日) | |||||||||
獲得メダル | ||||||||||
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反応