リチャード・ヤング

リチャード・ヤング

リチャード・ヤング(Richard”Rich”Young、1975年5月12日 – )は、アメリカの男性プロレスラー。リチャード・オルティス(Richard Ortiz)のリングネームで現在はインディー団体を中心に活動している。プロレスラーとして活動する以前はXFL、NFL、CFL、AFLといった団体で活躍したアメリカンフットボール選手であった。

大学時代には22ゲームにライン・バッカーとして参加、177タックルをしている。卒業後にNFLのカンザスシティ・チーフスのトレーニング・キャンプに参加、シーズン中を練習チームで訓練を受けていた。翌年にCFLへ移りサスカチュワン・ラフライダーズでプレイをしている。2000年から2001年はAFLに移り、ミルウォーキー・ムスタングでフルバック、ラインバッカーのポジションでプレイをしていた。AFLから離れるとXFLのオーランド・レイジに参加するが、XFLは不評によりすぐに消滅している。XFL消滅後はジャクソンビル・ジャガーズのトレーニング・キャンプに参加するが選手に選ばれず、2002年にAFLに復帰してインディアナ・ファイヤーバーズに参加している。2年間インディアナ・ファイヤーバーズですごし、2004年にコロラド・クラッシュで2年間活動した2006年に引退をしている。

2006年後半にアトラス・ダボーン(Atlas DaBone)のリングネームでWWEの下部組織のOVWでデビューしている。ダボーンはマネージャーにアシュリー・マッサーロを加えるとメイン・ロスターとして期待されるようになった。2008年1月にマイク・ケリュエルに勝利してOVWタイトル・ナンバー・ワン・コンテンダーになるが3月に膝の靭帯を切断してしまう。4月にFCWに復帰している。7月になるとECWにアトラス・オルティス(Atlas Ortiz)のリングネームでデビュー、デビュー戦でアルマンド・エストラーダから勝利を収めている。翌週にタズとマイク・アダムルからリッキー・オルティス(Ricky Ortiz)と呼ばれるようになり、そのまま改名している。7月にラテン・アサシンのニックネームをもらっている。その後はチャボ・ゲレロやバン・ニーリィと対戦し、無敗を誇っていた。10月にはコフィ・キングストン、CMパンク、エヴァン・ボーンと組み、ジョン・モリソン、コーディ・ローデス、テッド・デビアス、ザ・ミズと対戦するが負けてしまい、ECWデビューからの無敗記録が途切れてしまう。11月にはジャック・スワガーにピンフォールを奪われてしまい、シングルの無敗記録も終了してしまう。

プロフィール
リングネーム リッキー・オルティス
アトラス・ダボーン
アトラス・オルティス
リッチ・ヤング
本名 リチャード・ヤング
ニックネーム ラテン・アサシン
リッキー・O
ミート
身長 191cm
体重 112kg
誕生日 (1975-05-12) 1975年5月12日(44歳)
出身地 アメリカ合衆国
アリゾナ州フェニックス
スポーツ歴 カナディアンフットボール
アリーナフットボール
トレーナー OVWスタッフ
FCWスタッフ
デビュー 2006年
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