ギュンター・フォン・クルーゲ
ギュンター・フォン・クルーゲ(Günther von Kluge, 1882年10月30日 – 1944年8月19日)は、 第二次世界大戦中のドイツ第三帝国の軍人。最終階級は元帥。軍集団司令官などを務めたが、7月20日事件に関わった容疑で自殺に追い込まれた。
ポーゼン(現ポーランド領ポズナニ)でプロイセン王国のマックス・クルーゲ少将の息子として生まれた。父は1913年に世襲貴族に叙され、「フォン」を名乗った。弟のヴォルフガングも兄同様に軍人になった。
士官学校時代、知的能力において群を抜いていたために同期から「利口なハンス(kluge Hans)」と呼ばれた。グリム童話の一編から彼の苗字の「利口な」を意味する「Kluge」と引っ掛けた洒落。このことからクルーゲはハンス・ギュンターと呼ばれるようになった。本名に「ハンス」は含まなかったが、のちに役所に正式に登録している。
第一次世界大戦中には、参謀将校・陸軍大尉としてヴェルダンの戦いに従軍した。
1882年10月30日 – 1944年8月19日 | |
生誕 | ドイツ帝国 プロイセン王国 ポーゼン |
---|---|
死没 | ドイツ国 メッツ |
最終階級 | 陸軍元帥 |
反応