アンリ・ビュッセル
アンリ・ビュッセル(仏: Henri Büsser、1872年1月16日 – 1973年12月30日)は、フランスの作曲家・編曲家・指揮者・音楽教師。本名はアンリ=ポール・ビュッセル(Henri-Paul Büsser)で、姓はビュセール、ビュッセールとも表記される。パリで101歳で長逝しており、ポール・ル・フレムと同様、フランス音楽史で非常に長生きした音楽家である。
オート=ガロンヌ県トゥールーズ出身。シャルル・グノーの秘書を務めながら1893年にローマ大賞音楽部門の覇者となる。指揮者としては、クロード・ドビュッシーを支持したり、ジュール・マスネの最後の20年間にその最も近しい擁護者となった。パリ音楽院作曲科の名教師としても声望があった。ドビュッシーのピアノ連弾曲《小組曲》はビュッセルによってオーケストラ編曲され、有名になった。またドビュッシーの作品では他に《春》のオーケストレーションも行っており、オペラ《ペレアスとメリザンド》初演の際には合唱指揮を担当している。
1895年
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基本情報 | |
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生誕 | 1872年1月16日 |
出身地 | フランスオート=ガロンヌ県トゥールーズ |
死没 | 1973年12月30日(101歳没) |
ジャンル | クラシック音楽 |
職業 | 作曲家・編曲家・指揮者・音楽教師 |
反応