エルネスト・パングー
エルネスト・パングー(Ernest Pingoud, 1887年10月14日 – 1942年6月1日)はフィンランドの作曲家。両親はアルザス地方出身である。
サンクトペテルブルク出身。サンクトペテルブルク音楽院でアレクサンドル・グラズノフとニコライ・リムスキー=コルサコフに師事。1906年、ドイツに留学しマックス・レーガーのもとで学んだ。彼はフィンランドでモダニズム音楽を書いた最初の作曲家で、生涯を通じて大衆から評価されなかった。1918年にヘルシンキで行われた彼の最初の演奏会は、イーゴリ・ストラヴィンスキーの「春の祭典」が1913年にパリで初演された時のように、聴衆に衝撃を与えた。以後、彼の音楽への敵意に悩まされることになった。1942年にヘルシンキで自殺。
今日では作品は再評価され、演奏の機会を与えられている。
1921年撮影
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基本情報 | |
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生誕 |
1887年10月14日 ロシア帝国、サンクトペテルブルク |
死没 |
フィンランド ウーシマー州 ヘルシンキ |
1942年6月1日(54歳没)
学歴 | サンクトペテルブルク音楽院 |
ジャンル | クラシック音楽 |
職業 | 作曲家 |
反応