ガエターノ・ベローニ

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1910年代半ばから1920年代後半まで、ロードレースで活躍したイタリアの名選手。とりわけ1910年代はコスタンテ・ジラルデンゴと鎬を削った他、1920年代に入ると、ジョバンニ・ブルネーロ、アルフレッド・ビンダといった選手たちも加えてイタリアロード界の「四天王」を形成した。

「四強」の中では最も優勝回数が少なく、とりわけ親友でもあったジラルデンゴには勝てないケースも多かったことから、「エテルノ・セコンド」(永遠の二番手)というニックネームをつけられたこともあった。

もっとも、ジロ・デ・イタリアでは1920年に総合優勝を果たした他、区間優勝も12回を記録。さらにミラノ〜サンレモ2回(1917年、1920年)、ジロ・ディ・ロンバルディアは3回(1915年、1918年、1928年)制覇した。

いずれも、自転車ロード界において「永遠の二番手」と称された選手たち。

反応