サマンサ・ストーサー
サマンサ・ストーサー(Samantha Stosur, 1984年3月30日 – )は、オーストラリア・ブリスベン出身の女子プロテニス選手。2011年の全米オープン女子シングルスの優勝者であり、4大大会女子ダブルスで3勝、混合ダブルス3勝を挙げている。これまでにWTAツアーでシングルス9勝、ダブルス26勝を挙げる。自己最高ランキングはシングルス4位、ダブルス1位。身長172cm、体重65kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。
ストーサーは友達の勧めがきっかけで8歳からテニスを始めた。2003年から女子テニス国別対抗戦・フェドカップのオーストラリア代表選手になる。2004年のアテネ五輪では、シングルス・ダブルスとも1回戦で敗退した。2005年からストーサーのテニス経歴は開花を始め、ダブルスで年間7勝を挙げた。最初の2勝は同じオーストラリアのブリーアン・スチュワートとペアを組み、同年のウィンブルドン女子ダブルス準決勝進出まではスチュアートがパートナーであったが、ウィンブルドン終了後のアメリカ・カリフォルニア州スタンフォード大会からリサ・レイモンドと組むようになる。このペアは同年の全米オープン女子ダブルスで4大大会初優勝を飾り、決勝でエレーナ・デメンチェワとフラビア・ペンネッタの組を 6-2, 5-7, 6-3 で破った。その後、2人は女子テニス年間最終戦・WTAツアー選手権の女子ダブルスでも優勝した。シングルスでのストーサーは2005年の1月に2週連続準優勝があり、2006年5月第2週にはチェコ・プラハ大会の決勝でイスラエルのシャハー・ピアーに 6-4, 2-6, 1-6 で敗れている。
2006年の全豪オープンで、サマンサ・ストーサーは初めて4大大会の女子シングルス4回戦に進出したが、この年から3年ぶりに現役復帰したばかりのマルチナ・ヒンギスに 1-6, 6-7 で敗れた。この大会ではレイモンドと組んだ女子ダブルスでも、中国ペアの鄭潔&晏紫組に 6-2, 6-7, 3-6 の逆転で敗れて準優勝に終わった。しかし、翌週に日本の「東レ パン・パシフィック・オープン・テニストーナメント」で優勝する。2006年全仏オープンではレイモンドとのペアで、第5シードの杉山愛&ダニエラ・ハンチュコバ組を 6-3, 6-2 で圧倒し、4大大会女子ダブルス2勝目を挙げた。
それから2年後、ストーサーとレイモンドは2008年ウィンブルドンで初めての決勝進出を決めたが、ビーナスとセリーナのウィリアムズ姉妹ペアに 2-6, 2-6 のストレートで完敗した。この後北京五輪で2度目のオリンピックに出場する。2009年から、ストーサーのダブルス・パートナーは同じオーストラリアのレネ・スタブスに変わった。
サマンサ・ストーサー
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基本情報 | |
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フルネーム | Samantha Jane Stosur |
愛称 | サム (Sam) |
国籍 | オーストラリア |
出身地 | 同・ブリスベン |
生年月日 | 1984年3月30日(35歳) |
身長 | 172cm |
体重 | 65kg |
利き手 | 右 |
バックハンド | 両手打ち |
ツアー経歴 | |
デビュー年 | 1999年 |
ツアー通算 | 34勝 |
シングルス | 9勝 |
ダブルス | 25勝 |
生涯獲得賞金 | 18,618,131 アメリカ合衆国ドル |
4大大会最高成績・シングルス | |
全豪 | 4回戦(2006・10) |
全仏 | 準優勝(2010) |
全英 | 3回戦(2009・13・15) |
全米 | 優勝(2011) |
優勝回数 | 1(米1) |
4大大会最高成績・ダブルス | |
全豪 | 優勝(2019) |
全仏 | 優勝(2006) |
全英 | 準優勝(2008・09・11) |
全米 | 優勝(2005) |
優勝回数 | 3(豪1・仏1・米1) |
4大大会最高成績・混合ダブルス | |
全豪 | 優勝(2005) |
全仏 | ベスト4(2005) |
全英 | 優勝(2008・14) |
全米 | ベスト8(2005) |
優勝回数 | 3(豪1・英2) |
国別対抗戦最高成績 | |
フェド杯 | ベスト4(2014) |
キャリア自己最高ランキング | |
シングルス | 4位(2011年2月21日) |
ダブルス | 1位(2006年2月6日) |
反応