ザビーネ・リシキ

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ザビーネ・リシキ(Sabine Lisicki, 1989年9月22日 – )は、ドイツ・ノルトライン=ヴェストファーレン州トロースドルフ出身の女子プロテニス選手。2013年のウィンブルドン女子シングルスで準優勝した選手である。これまでにWTAツアーでシングルス4勝、ダブルス4勝を挙げている。自己最高ランキングはシングルス12位、ダブルス35位。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。本来のポーランド語の発音では「リシツキ」で、語源は「キツネ」(lis、読みは「リス」)。

リシキは、ポーランドから西ドイツに移住した両親 – 父親は歴史家、母親は芸術家の元に生まれ、父親の手ほどきで7歳からテニスを始めた。なお、父親はドイツ移住後にテニスコーチをしながらケルンのドイツスポーツ大学に通学し、後にはポーランドのヴロツワフで博士号も取得している。2006年にプロ入り。2008年の全豪オープンで4大大会に初出場。予選3試合を勝ち抜いた彼女は、本戦1回戦でディナラ・サフィナを 7-6, 4-6, 6-2 で破る勝利を挙げ、一気にキャロライン・ウォズニアッキとの3回戦まで進出した。全豪オープン終了後、リシキは女子テニス国別対抗戦・フェドカップのドイツ代表選手に選ばれ、2月2日-3日のワールドグループ1回戦で代表デビューする。ドイツ・チームはアメリカに1勝4敗で敗れたが、リシキが第1試合でリンゼイ・ダベンポートを破ってチーム唯一の勝利を収め、フェド杯代表デビュー戦を白星で飾った。同年9月の「タシケント・オープン」で初めての女子ツアー決勝戦に進み、ここではソラナ・チルステアに 6-2, 4-6, 6-7 で敗れて準優勝になった。

2009年4月19日、リシキは「ファミリー・サークル・カップ」決勝でキャロライン・ウォズニアッキを 6-2, 6-4 で破り、ツアー初優勝を決めた。翌週にフェドカップの「ワールドグループ・プレーオフ」が行われ、ドイツはホームコートのフランクフルトで中国チームと対戦した。リシキは第1試合と最終第5試合に登場し、アンナ=レナ・グローネフェルトと組んだ第5試合のダブルス戦で、鄭潔と彭帥の組を 4-6, 7-5, 6-2 で破った。こうして、ドイツは2010年度フェドカップのワールドグループ復帰を決めた。2か月後のウィンブルドンで、リシキは3回戦で先の全仏オープン優勝者スベトラーナ・クズネツォワを 6-2, 7-5 で破った後、4回戦でもウォズニアッキに 6-4, 6-4 で連勝し、初のベスト8進出を決めた。ドイツ人女性によるウィンブルドンの8強入りは、1988年から1996年までの間に7度優勝したシュテフィ・グラフ以来10年ぶりの快挙となった。準々決勝では第1シードのディナラ・サフィナに 7-6, 4-6, 1-6 の逆転で敗れた。

2010年は、長引いた左足の関節の負傷により3月末から8月初めまで大会に出場できなかったため、ランキングが23位から179位に大幅に落ちてしまった。2011年の全豪オープンは予選で敗退した。4月のポルシェ・テニス・グランプリではサマンサ・ストーサーと組み初めてのダブルスタイトルを獲得した。全仏オープンは予選を勝ち上がったが2回戦でベラ・ズボナレワに 6-4, 5-7, 5-7 で逆転負けを喫した。全仏後のバーミンガム大会では、ツアー4度目の決勝に進出し、ダニエラ・ハンチュコバを 6–1, 6–4 で破りシングルスツアー2勝目を挙げた。

ザビーネ・リシキ
基本情報
フルネーム Sabine Katharina Lisicki
国籍 ドイツ
出身地 同・トロースドルフ
生年月日 (1989-09-22) 1989年9月22日(29歳)
身長 178cm
体重 70kg
利き手
バックハンド 両手打ち
ツアー経歴
デビュー年 2006年
ツアー通算 8勝
シングルス 4勝
ダブルス 4勝
生涯獲得賞金 7,093,923 アメリカ合衆国ドル
4大大会最高成績・シングルス
全豪 4回戦(2012)
全仏 3回戦(2013・15)
全英 準優勝(2013)
全米 4回戦(2011・15)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 2回戦(2016)
全仏 3回戦(2013)
全英 準優勝(2011)
全米 ベスト8(2012)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 12位(2012年5月21日)
ダブルス 35位(2012年4月9日)

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