フローラン・シュミット
フローラン(フロラン)・シュミット(Florent Schmitt、1870年9月28日、ロレーヌ地方ブラモン(Blâmont) – 1958年8月17日、ヌイイ=シュル=セーヌ)は、フランスの作曲家。
ドイツ系フランス人の家庭に生まれる。1889年にパリ音楽院に入学、マスネやフォーレに学んでいる。1900年にはローマ大賞を受賞する。ピアニストとしても活躍しており、代表作「協奏交響曲」のピアノ・パートの演奏は作曲者自らが担当した。ただしピアノ作品の割合は多くなく、規模の大きい作品で真価を問う姿勢はオルガンとオーケストラと合唱とソプラノ独唱のための《詩編第47番 Psaume XLVII》のころから変わらなかった。完成度が高く卓越した管弦楽法は、メシアン、コンスタン、デュティユーなどに影響を与えている。またリズム法ほかでイーゴリ・ストラヴィンスキーに影響を与えたことが確実視されている。
尚、同時代のオーストリアの作曲家フランツ・シュミットとの区別の必要から、両者ともに氏名を省略せずにカナ書きすることが通例である。これは、名前のイニシャルと姓だけ(F.シュミット)では両者の区別がつかないことによる。
1900年に撮影
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基本情報 | |
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生誕 |
フランス共和国 ブラモン |
1870年9月28日
出身地 | フランス共和国 |
死没 |
フランス ヌイイ=シュル=セーヌ |
1958年8月17日(87歳没)
学歴 | パリ音楽院 |
ジャンル | クラシック音楽 |
職業 | 作曲家 |
反応