岡本太郎

岡本太郎│無料動画│showa 00209 m

「芸術は爆発だ!」「何だ、これは」のフレーズで知られる日本を代表する芸術家。代表作に1970年に大阪で開催された万国博覧会(通称:大阪万博)のシンボルタワー「太陽の塔」などがある。父は漫画家の岡本一平、母は小説家の岡本かの子という芸術家一家に生まれ、1929年から両親とともにフランスで10年間生活をした。このとき、岡本はピカソの作品に出会い強い衝撃を受け、本格的に芸術家の道を志すようになり、展覧会などに出品するようになった。1940年、第二次世界大戦の影響から帰国を余儀なくされ、以降、国内での活動に入り、「傷ましき腕」などの作品を二科展に出品、受賞した。戦時中は中国戦線に出征、終戦後、帰国してみるとアトリエや作品はすべて空襲で失われてしまっていた。岡本は新たなアトリエを上野に構え、再び制作活動に入る。そして、旧態依然としていた日本の芸術界に対し「絵画の石器時代は終わった。新しい芸術は岡本太郎から始まる」という挑戦的な宣言を新聞に発表、以後、自由で前衛的な芸術活動を展開し、絵画や彫刻をはじめ建築、プロダクトデザイン、舞台美術など幅広いジャンルで個性的な作品を発表していった。その一方、縄文土器に芸術としての価値を見出し、著書『縄文土器論』を発表したり、沖縄や東北の古い文化や伝統を再発見・再評価するなどプリミティブな芸術の見直す活動も行った。著書も多く、ベストセラーになった『今日の芸術 時代を創造するものは誰か』や『岡本太郎の眼』『忘れられた日本沖縄文化論』などがある。さらに70年代以降はテレビ出演も増え、バラエティ番組『鶴太郎のテレもんじゃ』ではレギュラーとして出演、NHK『ばら色の人生』では俳優として出演した。岡本没後の2003年9月、これまでメキシコで行方不明になっていた巨大壁画『明日の神話』が発見されるも損傷が激しかったが、その後、再生プロジェクトにより修復、2008年11月17日に東京・渋谷駅にて公開・恒久設置され話題となった。

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