新島襄

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キリスト教の布教家であり明治六大教育家の一人。同志社大学(前身は同志社英学校)を興したことでも知られる。
若い頃に触れたアメリカの地図書に感銘を受け、海外への憧れを抱くようになる。幕府の軍艦操練所で洋学を学んだ後、アメリカ合衆国への密航を計画。坂本龍馬の従兄弟である沢辺琢磨らとともに、1864年7月に函館から日本を発つ。
渡米後は洗礼を受け、アマースト大学に入学。後に札幌農学校で教鞭を振るうクラーク博士などから教えを学ぶ。
新島の転機は明治5年に、アメリカ訪問中の岩倉使節団との出会いであった。使節団のひとり、木戸孝允は新島をみずからの通訳として同行させる。
1874年、約10年間の海外留学を終え帰国。帰国後は学校設立事業に取り組み、翌年、同志社大学の前身である同志社英学校を開校に漕ぎつける。
1890年、46歳のときに同志社大学設立運動中に倒れ死去。
妻は、幕末のジャンヌ・ダルクとして有名な新島八重(にいじまやえ)。

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