王耀武
王 耀武(おう ようぶ、中国語: 王耀武; ピン音: Wáng Yàowŭ; ウェード式: Wang Yao-wu、1903年(清光緒29年) – 1968年7月3日)は、中華民国の軍人、中華人民共和国の政治家。字は佐民。山東省泰安府泰安県の人。
若い頃は天津のタバコ工場工員や上海のビスケット販売店店員を務めた経験を持つ。1924年(民国13年)、黄埔軍官学校第3期で入学し、翌年、第2次東征(陳炯明討伐)に従軍した。1926年(民国15年)1月、学校を卒業して国民革命軍に入隊する。北伐に従軍し、軍功により独立第32旅第1団団長にまで昇進した。1930年(民国19年)には中原大戦にも参戦している。
1932年(民国21年)6月、王耀武は中国共産党(紅軍)討伐に従事した。1933年(民国22年)9月、守備隊補充第1旅旅長に昇進し、1934年(民国23年)11月には、安徽省南部で方志敏率いる紅10軍団・紅7軍団と交戦、激戦の末に壊滅させている。1936年(民国25年)6月には王の部隊が第11師に拡充され、そのまま王が師長を務めた。同年8月、同師は第74軍第51師に番号を改められ、9月、王は陸軍少将の位を授与されている。
王耀武
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プロフィール | |
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出生: | 1903年 |
死去: |
1968年7月3日(66歳没) 中国北京市 |
出身地: | 清山東省泰安府泰安県 |
職業: |
中華民国陸軍中将 中華民国陸軍総司令部第4方面軍司令官 中華民国中国国民党第6期中央執行委員 中華民国国民政府軍事委員会第2綏靖区中将司令官 中華民国山東省政府主席兼保安司令 中国人民政治協商会議全国委員会文史資料研究委員会専員 中国人民政治協商会議全国委員会第4期全国委員会委員 |
各種表記 | |
繁体字: | 王耀武 |
簡体字: | 王耀武 |
拼音: |
Wáng Yàowŭ |
和名表記: | おう ようぶ |
発音転記: | ワン ヤオウー |
ラテン字: | Wang Yao-wu |
反応