織田作之助

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無頼派(新戯作派)のひとりとして活躍した小説家。「オダサク」の愛称で親しまれた。小説家を目指し、青山光二らと同人誌『海風』を創刊、同誌に短編をいくつか発表し次第に注目を集めるようになり、1940年に発表した『夫婦善哉』で本格的に文壇デビューした。戦後、世相や風俗を鋭い感性で描いた短編『世相』や『競馬』などが人気となり、太宰治や坂口安吾らとともに無頼派の作家として活躍した。また、評論『可能性の文学』など優れた評論も残している。だが、1946年、執筆中に結核により大量吐血し入院、翌年1月10日、帰らぬ人となった。ちなみに織田作之助は、大阪名物のひとつ難波にあるレストラン「自由軒」の「元祖・混ぜカレー」が大好物で、同店には「トラは死んで皮をのこす/織田作死んでカレーライスをのこす」と書かれた額が飾られている。

反応